2014年08月30日

シンクロ概論 エディテッドPVを解析する

前回までONLY MY NOTE(以下OMN)のノーマルPVがMADに見えてしまうという原因を探りましたが、楽曲、モーション、カメラ、カットといった要因が重なって生じた現象だと分かりました。ならばそこを編集したらどうなるか、ということでノーマルPVと3つのエディテッドPVを比較してみます。比較するエディテッドPVは以下の通りです。





それぞれ見て頂いくと分かりますが「まよったりへんこんだりあるよねー」はノーマルPVと違いMAD感が無い事が分かります。当該箇所のカットを比較した画像をみてみましょう。左から、ノーマルPV(Autoカメラ)、おっぺけP、れのP、はりけんPとなります。
OMN_analisys1.jpg
要クリック(大きいので注意)

れのPは手動切り替え、はりけんPはクインテットですが「アイドルを3人映す」「ある/よねと音節カットしている」という所はノーマルPVと共通です。ではどこに差がでているのか、各人のPVを分析してみます。

おっぺけP
まずOMNの当該箇所のダンスですが、センターは歌メロダンスというか歌詞マイムなのに対し、両サイドは最初からリズムダンスを続けます。まよっ”たり”/へこん”だり”も、ノーマルPVは強拍で脚を上げるサイドのカワイイ振りを見せてくれますが、おっぺけPはセンターを重点にカメラを回します。センター重点なのは動画の構成の為で、起承転結で言えば、さびスタートが起、Aメロが承、Bメロが転、さびで結となっているからです。(余談ですが承であるAメロはミドルカメラを主に使っていてアップは1カットしかありません、その事が、転のBメロ冒頭のセンターへのクローズアップを効果的にしています)
ただそれでもセンターを写しっぱなしにするのでなく、リズムへの目配せを忘れないのがおっぺけPです。まよっ/たりでミドル/ロングへ、へこん/だりではカメラをズームアウトさせて動画側でもリズムを作っています。そしてあるよねーは、ズームアウトしたセンター響のミドルカメラからサイド春香のミドルカメラへそして別サイドの律子アップカメラへと切り替わります。被写体として見るとセンターの歌メロダンスはへこんだりで終わり、あるよねーからはサイドのリズムダンスへ移行、そのまま別サイドのリズムダンスを写す形です。ある/よねーと言葉の音節でカットするのはノーマルPVと同じですが、ノーマルPVほど変化は大きくないのが分かります。
ついでに言えば響から春香への切り替わりもパンの直後となっています。まず動きに目が行く人の心理を利用して、切り替わっているという事に意識を向けづらくする仕掛けは静止画MADで多用される技術です。

このようにただのカットにも二重三重の仕掛けを施し、そうと気づかれないように楽曲の山場へと巧妙にカットを積み重ねていくのがおっぺけPの作風。そしてその集大成がこの傑作という訳です。


↓つづく
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2014年08月21日

シンクロ概論〜ノーマルPVを解析する 後半

(これまでのあらすじ)
ソウカイ・ニンジャズの手練れ、ミニットマンとイクエイション。ニンジャスレイヤーを待ち伏せた二人のうち、イクエイションは真っ二つにされて絶命した。しかしミニットマンはパートナーの死と引き換えに、ニンジャスレイヤーの正体に迫るチャンスを掴んだのだ。


問題3 カメラ画角
迷ったりへこんだり/あるよねーのAutoカメラの画角は以下の通りです。

迷ったり
Untitled 01 (0-00-47-57).png

へこんだり
Untitled 01 (0-00-49-04).png

ある
Untitled 01 (0-00-50-34).png

よねー
Untitled 01 (0-00-51-34).png

アップ>ミドル>ミドル>ロングという構成。カットには20%ルールというものがあります。これ以上変えないとカットとしての意味が無いので最低20%は変えたショットを繋ぐという事ですが、逆を言えば大幅に画角が変われば前後が繋がらなくなる、視聴者が混乱するという事になります。今回の箇所はミドル>ミドルでステージ向かって右側からステージ左側に立つやよいが映り込むカットが二つ続いた後に、一気にステージ左側からのロングショットをカットに使った為に、混乱しやすくなっていたという事になると思います。

問題4 カット位置
ONLY MY NOTE(以下OMN)のAutoでは、歌メロカットをしています。歌メロは一番聞き取りやすい音であると同時に言葉としてのまとまりも意識しやすい為に、カットとしては非常に使いやすいものです。ジャンルは違いますが演説や講演は言葉単位のカットが普通で一文単位の長いカットも珍しくはありません。が、音節つまり言葉の途中でカットするという事は希です。

今回はカメラ画角で説明した通り、ある/よねーでカットされてしまっています。楽曲のビート単位のカットがメインであれば気にはならなかったかもしれませんが、直前も迷ったり/へこんだりと歌メロカットしており、言葉が途切れている事がカットを悪目立ちさせてしまっている形です。

総括
そもそも何故カットするのかと言うと、そうしなければ飽きてしまうという単純な理由です。カットの後、脳は再び視覚情報を処理し直し、前のカットとのつながりを意味づけようとします。その意味づけを意図したものにする、ニコマスダンスシンクロ動画では曲に合わせて歌って踊っているように「見せる」のが、編集者の腕の見せ所となります。
今回のOMNは曲に合わせて歌って踊っているのに「そう見えない」という事になっています。
結論としては
「楽曲的に1小節目強拍から始まる区切りで、言葉としてまとまりとして意識されやすい『あるよねー』をカットで分割してしまった。しかもカットの前後でミドル/ロングと大幅に画角が変わり、さらに被写体のダンスも静止状態から動き出す所だった為に、まるで別の画を繋げたようになってしまっている」
という事になるでしょうか。

以上詳しく説明してきたのは、OFAのAutoカメラがポンコツだとdisる為では無く、ダンスシンクロ動画の正体に迫れるのではという目論見のためです。次回はこの問題を回避したエディテッドPVを分析してみたいと思います。ドーモ、オッペケ=サン。
posted by tlo at 02:28 | TrackBack(0) | 日記

2014年08月17日

シンクロ概論〜ノーマルPVを解析する

しばらく絵が動かないゲームをしていたので、OFAをしているとなんでもないモーションも面白くて、朝アイサツもスキップせずに眺めてしまう自分がいます。ましてステージおや。が、無印の時には感じることの無かった現象に頻繁に遭うようになって、この記事を書いた次第。
その現象というのはOnly My NoteのトリオをAutoカメラで見ているとMADに見えてしまうというもの。特に”迷ったりへこんだり/あるよね”の所です。

おそらくカットの問題だなと思ったのですが、いろいろと自分で確かめたり、他の方の話を聞いたりして、複合的な問題だという事が分かりました。

原因1 楽曲
Only MY Noteという曲は小節に対して歌メロが先んじる、つまり前節の弱拍から始まる箇所が多いです。
    ▼       ○   ▼
あたら/しいせかいへー しんじ/て−とびだとー
▼が小節の1拍目=強拍ですが、歌詞は前節の4拍目=弱拍から始まります。これを音楽用語でアウフタクトというのですが、弱拍から始まる歌詞が導入となり、強拍以降の歌詞が伝わりやすくなるという効果があるのだそうです。
またアウフタクトは繰り返しにも使われるということです。例えばAKBのヘビーローテーションは「i want/YOU i need/YOU i love/YOU」とYOUに強拍を持ってくることで歌詞だけでなく、楽曲の側からも繰り返しを強調するという効果を狙っているとか。今回の特に気になる箇所はまさにこのケースで
    ▼     ▽   ▼
まよっ/たり−へこんだり−/あるよねー
▼が1拍目、▽は3拍目で強拍です。それぞれ「たりー」「だりー」のリフレインを強調して「あるよねー」は強拍で開始となります。そして一つ前の歌詞「ずっと夢見てきた道も」も1拍目に対して恐らく半拍ぐらい遅れ気味に始まるので、「あるよね−」が拍に対しても歌詞に対しても一区切りをつけてしまっているということになります。
つまり楽曲的にこの箇所は区切りになってるという事です。

原因2ダンスモーション
一時期マイムめいた歌詞に対する具象的なモーションの多かったダンスですが、Only my noteはそれらしいものはほとんどありません。基本上半身は歌メロ、下半身はリズムにあわせてあります。ニコマス的にはありがたい話です。今回の迷ったりへこんだり/あるよねの所ですが、迷ったりへこんだりが上半身中心の歌メロダンス、あるよねは下半身中心のリズムダンスになってます。静止状態から動き出す形になりますが、これが先ほど説明したように楽曲の区切りとなる箇所に重なります。ダンスはむしろその後の、あるよねー/きっと見つけられるはずさの区切りをつなげるような形になっています。
ただ、この二つだけだったらほとんど気にはなりません。実際ソロで見てみましょう。


では、他に何が原因があるのか。察しの言い方ならおわかりになると思いますが、後半に続きます。
posted by tlo at 05:08 | TrackBack(0) | 日記

2014年08月14日

アイドルマスターOFAを絶賛する

発売から2ヶ月以上経ち、OFAの話題は毎月のDLCに移っています。OFAがよく出来ているということはもう周知の事実なので、敢えて記事を書く事は無いのですが、今更でもこうして記事を書くのは2を壮絶にdisったのであれば、OFAはhomeなければならないだろ言う義務感です。
そう、OFAはhomeざるを得ません。
本当に言うまでも無い事なんですが。

OFAの何が良いのかhomeる前に、まず無印がどのような構造のゲームだったのか改めて説明します。
A'.png
プレーヤーは与えられた「1年」というリソースを効果的に配分し「アイドルイメージ」「思い出」という資産に変換。「オーデション」という運用を通して「ファン数」という利益を上げる。以上が無印の構造で、その本質はリソースマネジメントシミュレーションです。詳しくはこちらの記事を参照下さい。
ではOFAはどうなのか、無印のように図を作ってみました。
ofa structure.jpg
見ての通り、無印とは全く別です。時間というリソースは無く、最終的な目標もありません。あるのは「お仕事」という運用と、運用から得られる「ファン数、マニー、経験値思い出」という利益、そして利益は再び運用に回され、さらに利益を産む……という『循環』です。
OFAにもゲーム内時間という概念があり、アイドルをトップに導くというゴールがあるではないかと思われるかもしれません。
確かにOFAにもゲーム内時間はありそれは無限に与えられています。ですがリソースマネジメントゲームでリソースが無限大与えられているという事はバランスが崩壊しているという事に他なりません。そうでなければ、そもそもがリソースマネジメントにゲーム性を置いてない、つまりOFAは無印のようなリソースマネジメントゲームでは無いという事です。
そしてアイドルをトップに導くという目標ですが、無印は運用の結果としての利益の蓄積=ファン数の蓄積で自動的にランクアップして行きました。ですがOFAではファン数を蓄積していくだけでは何も意味がありません。ここからもOFAはリソースマネジメントゲームでは無いというのは明らかです。
ランクアップは利益運用であるお仕事、ランクアップフェスの結果としてもたらされます。つまりランクアップもまた循環に収められていて、さらに13人がトップアイドルに登った後も、この循環がシステム側から止まる事はありません。むしろこの循環こそがこのゲームの本質であり、トップアイドルへ導くという表向きの目標も、社長から四半期毎に下されるノルマも、半期に一度のオールスターライブも、プレーヤーが循環を回す為の動機付けに過ぎないように見えます。
また、レッスンを事実上廃してお仕事だけにした事で、得られる達成感はそのままにプレイのテンポを上げることに成功しています。延々とレッスンでレベルを上げて、オーデションの度に2分は待っていた無印では得られないスピード感はストレスフリー。携帯機のような気軽さもまた、循環を回すという目的に沿っているように思います。

以上、坂上Pが各所のインタビューで答えている事も鑑みて、OFAは
765プロ環境ゲーム
というのがその正体ではと思うのです。

先日発売された「アイマスFebri」という冊子にはその坂上Pと共に石原Dのインタビューが載っており、アケマスは「アーケードという特徴をできる限り使ったゲームとして開発した」と言っています。ならばアケマスの移植版である無印は、アーケードゲームにしては異色の膨大なコミュ=テキストデータがコンシューマゲームとして再評価されてしまった面はあったものの、本来アーケードに最適化されたシステムでありコンシューマ向きでは無かったという事になります。OFAは原点回帰を謳い、765プロの温かみの表現、アイドルとの二人三脚感を目指したと坂上Pは上記冊子のインタビューに答えています。そのテーマから導かれたシステムの大幅な再構築は、OFAを「初めてのアイマスコンシューマゲーム」にしたと言えると思います。まさにNEVER END IDOL。M@STERPIECE。

DLCではこの循環を駆動させ続ける追加イベントも配信されています。配信がどれぐらい続くか分かりませんが、海軍は退役したし、ちひろさんに休職願いも出してきてるので、まだしばらく私は765プロ社員を楽しめそうです。
Untitled 01 1.png
posted by tlo at 01:29| Comment(0) | 日記