2014年08月21日

シンクロ概論〜ノーマルPVを解析する 後半

(これまでのあらすじ)
ソウカイ・ニンジャズの手練れ、ミニットマンとイクエイション。ニンジャスレイヤーを待ち伏せた二人のうち、イクエイションは真っ二つにされて絶命した。しかしミニットマンはパートナーの死と引き換えに、ニンジャスレイヤーの正体に迫るチャンスを掴んだのだ。


問題3 カメラ画角
迷ったりへこんだり/あるよねーのAutoカメラの画角は以下の通りです。

迷ったり
Untitled 01 (0-00-47-57).png

へこんだり
Untitled 01 (0-00-49-04).png

ある
Untitled 01 (0-00-50-34).png

よねー
Untitled 01 (0-00-51-34).png

アップ>ミドル>ミドル>ロングという構成。カットには20%ルールというものがあります。これ以上変えないとカットとしての意味が無いので最低20%は変えたショットを繋ぐという事ですが、逆を言えば大幅に画角が変われば前後が繋がらなくなる、視聴者が混乱するという事になります。今回の箇所はミドル>ミドルでステージ向かって右側からステージ左側に立つやよいが映り込むカットが二つ続いた後に、一気にステージ左側からのロングショットをカットに使った為に、混乱しやすくなっていたという事になると思います。

問題4 カット位置
ONLY MY NOTE(以下OMN)のAutoでは、歌メロカットをしています。歌メロは一番聞き取りやすい音であると同時に言葉としてのまとまりも意識しやすい為に、カットとしては非常に使いやすいものです。ジャンルは違いますが演説や講演は言葉単位のカットが普通で一文単位の長いカットも珍しくはありません。が、音節つまり言葉の途中でカットするという事は希です。

今回はカメラ画角で説明した通り、ある/よねーでカットされてしまっています。楽曲のビート単位のカットがメインであれば気にはならなかったかもしれませんが、直前も迷ったり/へこんだりと歌メロカットしており、言葉が途切れている事がカットを悪目立ちさせてしまっている形です。

総括
そもそも何故カットするのかと言うと、そうしなければ飽きてしまうという単純な理由です。カットの後、脳は再び視覚情報を処理し直し、前のカットとのつながりを意味づけようとします。その意味づけを意図したものにする、ニコマスダンスシンクロ動画では曲に合わせて歌って踊っているように「見せる」のが、編集者の腕の見せ所となります。
今回のOMNは曲に合わせて歌って踊っているのに「そう見えない」という事になっています。
結論としては
「楽曲的に1小節目強拍から始まる区切りで、言葉としてまとまりとして意識されやすい『あるよねー』をカットで分割してしまった。しかもカットの前後でミドル/ロングと大幅に画角が変わり、さらに被写体のダンスも静止状態から動き出す所だった為に、まるで別の画を繋げたようになってしまっている」
という事になるでしょうか。

以上詳しく説明してきたのは、OFAのAutoカメラがポンコツだとdisる為では無く、ダンスシンクロ動画の正体に迫れるのではという目論見のためです。次回はこの問題を回避したエディテッドPVを分析してみたいと思います。ドーモ、オッペケ=サン。
posted by tlo at 02:28 | TrackBack(0) | 日記
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