2008年11月03日

ゆりあP

Pには作風がある。
例えば、わかむらPであれば抜きをふんだんに使ったPV風、しーなPであれば絶妙なシンクロダンスetc.etc. すべてのPにそれぞれの作風がありそれがニコマスの多様性につながっているのだけど、ただ一人、そういった作風を持たないPがいる。

ゆりあPだ。



今回の新作は元PVのトレースになるのだが、このレベルでの抜き合成はわかむらPに匹敵する。それは徹底していて、わかむらPの新作と見比べるとわかむらPがMADとしての「手作りの風味」を残していることが見えてくるレベルだ。

もともと他ジャンルで実績のあるPで、ニコマスデビューは07年12月だった。デビュー作のガチPVでヒットを飛ばした後、次は思い切りネタに走る。

普通、一つネタを掴めば後はそれを連作していくだけで安定して再生数は稼げる。だがゆりあPは数字には全く興味がないのか、次作はさらに違う方向で作品を作り上げてきた。




確かに別のダンス素材をつないで全く新しいダンスを作る作品は今までもあった。だがこの作品に使われているダンスは12種類。ここまで極端な作品はそれまでなかった。しかもそれが全く違和感のないレベルで達成されている。この方向性ではitachiPのメリーがニコマスにおける金字塔であるのだが、ゆりあPはソロであることに注目したい。

切り貼りダンスMADに対する一つの解答を出したゆりあP。しかし次作も方向性は当然のように違っていた。AEを十二分に使ったこの作品は、AEを知っているのなら謎の技術でもなんでもない。むしろ驚かされるのは、この作品を作るのにかかった人と機械の労力だ。0:37からの無数の動画は。これを集め、3D空間に配置し、動かすのには気の遠くなるような労力がいるのだ。

他のPとの制作姿勢の違い。

作風でなく、このPには作ること自体になんらかのテーマがあるのでないか。そんな漠とした予感が、以下の作品で確信に変わった。



革命前、いわゆる「ヤスタカヌキピカ」はわかむらPの独壇場だったが、連作によりその限界も指摘されていた。ゆりあPはその限界「カメラカット」を全編手抜きで突破する。もちろんこの作品前にも全編手抜きの作品はあった。だが彼は「カメラカット」の為に抜いたと言うのだ。

ゆりあPの作品には「習作」という雰囲気を感じていた。りんごPが自作を「実験作」とよんでいるが、それさえも「AEの3Dレイヤーをつかった表現」という方向性が見える。だがゆりあPは恐らく、一作一作に全く別の制作テーマを持っている。Iwantは「切り貼りダンスMAD」、iM@TRIXは「AEの3Dレイヤーの実験」、コンピュータシティーは「全編抜きのPV」といった具合に。



この作品についても、同じように海の捏造ステージを作ったのぽぽんPの作品と、同じ曲をつかったエコノミーPの作品とを見比べれば「捏造ステージにおけるカメラ追従」がテーマであることが見えてくる。

ゆりあPの作品からそうした意図が透けて見えてくる。テーマに沿って一切のブレが無く、よけいなものは切り捨てる為だ。だからIwantや夏空グラフティの演出は最低限にとどまる。一方そのテーマに沿うためならどんな苦労も厭わない。だからiM@TRIXはわざわざ素材を集めたりするし、コンピュータシティーでは手動で抜きをしてしまう。

新作は「自然環境の表現とアイマス素材の融合」となるだろう。だから今回「絵コンテ」は切り捨て、その分の労力をすべてテーマの達成のために振り分けた。その結果は見ての通りだ。ゆりあPはきっと動画を作ること自体に目的を持っている。何かを表現するための手段でなく、動画自体が目的なのだ。そしてゆりあPはニコマスを楽しんでいる。上記の作品以外にも、多くの小品が上がっているし、ノーマルPVさえも上がっている。

ニコニコには「描いてみた」「歌ってみた」といったジャンルがある。そしてゆりあPは「MAD作ってみた」というジャンルに分類できるのでないかと、そう思う。
posted by tlo at 19:46 | TrackBack(0) | 動画紹介
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