2009年09月07日

魔法を解いて

映画もアニメも絵画もおよそ「絵」には共通の法則があって、それは漫画にも適用される。
こちらに紹介する本は、漫画における視線の力学を徹底的に分析したものです。

漫画をめくる冒険(

漫画を分析したものなので、「本」という紙を綴じたメディア特有の分析が主なのですが
こちらの著者の方は本を書くに当たって、映像関係の様々な本を読んで研究された様子。
なので、当然、動画についても十分に応用が利くというかトミノ本より役に立つかも。

で、関西にいく事になって、著者の泉さんにもお会いできて、いろいろお話を聞けました。そしてかねて疑問に思っていたこの動画を見てもらうことに。

リンP作品

「この動画がすごく遠く感じる」「何か物体として存在してるように感じる」「自分の目で見てる感じがしない」と、言葉にならない感情を抱いてしまうのは、なにか「仕掛け」があるはずなのだけれどそれが分からず、自分にとっては「魔法」としか思えない。この方なら分かるのではないかと見てもらったところ、明快な答えが返ってきました。

この動画に現れるアイドルは、絶対に視聴者と目が合わない。つまりアイドルと視聴者の視線が絶縁されている。

ダンスシーンはmidカメラ中心に構成されて、アイドルはカメラ目線にならない。アップ正面があったとしてもどこかそっぽを向いていたり、MHDで目が隠されてしまう。それが明確なのはラスト近くの4:51。春香さんがくるりと回って正面を向く前に、MHDに目が隠される。徹底されている。アイドルと目が合うのを「実感」することで視聴者は動画に没入するのだけれど、それは拒まれるのだ。
そして、唯一正面を向くのがコミュシーン。だがここもアイドルは視聴者を見ているようで、実は見ていているのは「リンP」だったりする。P名が「リンP」になっていて、つまり実況動画と同じ。視聴者が見ているのはプレイヤーである「リンP」の視線で、視聴者は「リンP」に同化してしまうのだ。

以上、お話で聞いたことを端折ったり、自分なりにまとめてみた。
そして比較されがちなこの動画についても、この視聴者の視線とアイドルの視線で説明が出来たりする。


わかむらP作品

この動画で春香さんが見ているのは画面の中に現れるプロデューサーであり、プロデューサーは春香を見返している。先に紹介した本によれば漫画には読者をキャラクターに感情移入させる仕掛けがあるのだけれど、この動画ではその仕掛けはなされていない。つまり視聴者は二人の状況を眺める形になる。
「自己言及」だったり「メタ視点」の動画は扱いが難しく、賛否両論を巻き起こすのは「GAME」でも起きたことだ。が、このわかむらPの作品においては、コメが大荒れするなどの反応は見られない。上記のように「外から眺める」形になってるのが「安全弁」で、この作品は「ショッキングなドキュメント」でなく「スリリングなエンタテーメント」に仕上げられているのが原因なのではなかろうか。


同じテーマであっても、表現手法が変われば、視聴者の反応も全く変わるのだ。

posted by tlo at 01:58 | TrackBack(1) | 動画紹介
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