2011年10月22日

私信というかポエムというか

と最初に出会ったのはIRCの上だった。ニコマスPの集いという部屋で、「初めましてと聞いて」洗礼を受け、名刺代わりの当時の新作を貼るとそれを見た彼はこういった。
「この動画は箱庭なんだ」

当時はピンとこなかったこの言葉が、納得を持って了解されたのは実はつい最近の事で、カクテル6のえびPの動画を見て自分の動画は動画から一歩も外に出ない事を思い知らされたからだった。
彼はPさえも気づかない動画の本質を掴み出す。
それが彼の本領で、それは詩人の資質だと思っていた。
だがそれは間違いだった。少なくともそれが全てでは無い。

思うところがあって、彼が書いてくれた自作動画の記事を読み直した。
胸が一杯になった。
動画制作者はその動画を、編集中に何度も何度も見直して完成度を高めていく。その一方で初期衝動は摩耗して、果たしてこの動画は良いものかどうかと、疑心暗鬼に苛まれる。
再生数が伸びるのはうれしい。
ツイッターにツイートされるマイリスポストももちろんうれしい。
ブロガー諸氏が紹介や感想を書いてくれるのは、乾ききった制作者にとっては、甘露の一滴と言っていい。

だが動画からもらった熱量をもらった分だけあるいはそれ以上にして、彼は返そうとしていたと思う。
動画の熱を輻射する彼の文章は、自分の動画の熱量さえ計れなくなった制作者の心に火をともしてくれたと思う。
少なくとも自分はそうだったと、今になって思う。
彼に自作動画の記事を書いてもらったら引退しようと思っていた4年前のあの頃より、彼の記事は大切な宝物だったのだと、今強く思う。

そんな彼も私生活が忙しくなり、動画をみる時間も減った様子だった。
曲の構造から動画を解説するzeitさんの記事に対し、自分のスタイルに迷っている様子もあった。
そして彼は、一人の見る専に戻るという。
言い尽くせぬ感謝は、動画という形にして返したいきたい。
そう思う。
posted by tlo at 04:19 | TrackBack(0) | 日記
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/49164911

この記事へのトラックバック