2015年01月27日

STAR!!とBirth of Color(LTH07感想)

ミリオンライブ のアルバムシリーズLIVE THE@TRE HARMONYは以前の記事にも書きましたが非常に意欲的な楽曲が納められており、バンナム内製によるコロムビア曲とはひと味違う楽曲が楽しめます。このほど発売された最新アルバム07と08もコンセプチャルで非常に聴き応えのある内容。この記事は07についての感想なのですが、特にユニット曲Birth of Colorについては字数をさいて紹介する次第。
STAR!!とBirth of Color
今期から始まったアニメシンデレラガールズの主題歌STAR!!はMONACAの田中氏による作曲なので厳密にはバンナム内製ではないのですが神前氏の影響が色濃く「HELLO!!」によく似ています。実際オーダーもこの線だったんだろうなとOP映像を見れば容易に推察できます。


Star!!の特筆すべき点はそのメロディで、一歩も違えれば歌いづらいギクシャクしたものになるところのぎりぎりのラインにあるところでしょうか。この辺についてはこちらの記事に詳しく説明されています。
ざっき。ハナエ2ndアルバムと、田中秀和「Star!!」について
本田未央の演者である原さんが「楽しい曲のハズなのにどこか泣きたくなる」という感想はこうしたコード進行によるものだと思いますし、いわゆるアイマスアンセム曲はこうした複雑な「コード」が核なのでしょう。

対して今回紹介するBirth of Color(以下BoC)はランティスらしい、流れるようなメロディです。JPOPが背景にありキャッチーで覚えやすいメロディは、STAR!!とは全く違うものだと一聴にして分かると思いますが(あ、でもサビの"叶えてゆける"から"ちっぽけでタフネスな"へ繋がる所で何かやってるっぽい)、STAR!!にも劣らない多幸感を感じる事と思います。
この秘密はドラムのリズムパターンにあります。その構成は以下の通り
Aメロ1(真)落ち(バスドラのみ)
Aメロ2(あずさ)8ビート
Bメロ(可奈、歩)マーチ風ドラムロール
Bメロ(雪歩)8ビート
サビ  4打ち
STAR!!と比べてみましょう。
Aメロ1(〜自分にエール)落ち(バスドラのみ)
Aメロ2(〜ファンファーレみたいに)8ビート
Bメロ(〜魔法の靴に)いわゆるPPPH
サビ 8ビート
Aメロ1の落ちから2の8ビートへは同じです。が、BメロはSTAR!!が今までのアイマスアンセム曲であれば漏れなく使われているPPPHに対し、BoCはドラムロールになっています。

Bメロの貯めにこのドラムロールを持ってくるのが非常に面白く、まるで真達が足踏みをしている感じです。文学的な解釈をすればAメロ1のバスドラが予感に高鳴る心臓の鼓動、実際に走り出したAメロ2。Bメロは困難にぶつかって足踏みという所でしょうか。
そしてサビ。ここもSTAR!!はアンセム曲を踏襲して8ビートですが、BoCはスネア4打ちです。このスネア4打ち。READY!!でも最後の最後の大サビの盛り上がりで使われている程の、力強さを感じさせるパターンです。

2分30秒辺りから聞けます
それをいきなりサビで投入してくるのだから盛り上がらないハズがない。さらに「かな//て//け/」の所が顕著ですが、歌メロに合わせてクラッシュシンバルをいれています。これはREADY!!にも無いもので、このリズムによる歌メロへのバックアップがBoCに圧倒的な力強さを感じる理由と思います。足踏みの後また走り出すには8ビートでは軽すぎる、より力強く足を踏み出す、そんな感じ。
このストーリー感のあるリズムパターンは、ララブライブ曲「Snow Halation」でも聞けます。コロムビアが「コード」ならランティスは「ドラム」なのかもしれません。


あと2番のAメロは可奈と歩なのですが、ここが何故か木戸ちゃんと戸田さんの地声に聞こえる。少なくとも可奈と歩の声じゃなくて妙に生々しくゾクゾクしました。ある意味ここが最大の聞き所かも。
以下個別曲に対する感想となります。
↓つづく
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2015年01月22日

薄紅デイトリッパーのJPOPにおける位置づけ

#実はこの前の記事の続きです。ミリオンライブ楽曲の制作を担当しているランティスという会社の背景であるJPOPについて個人的に整理するための記事です


薄紅デイトリッパーという楽曲は、先年末に発表されたアイカツ最新曲。2015年第三弾としてのアーケードゲームでのリリースも始まっています。この曲については精細に分析した記事があります。この記事における「音頭」という主張はともかく、この楽曲がいいとこ取りのキメラであるという指摘はその通りだろうと思います。そしてこのようなキメラが成り立つ背景には明治の文明開化以来、西洋音楽の受容の努力を続けてきた日本音楽の歴史背景があります。

日本大衆音楽の歴史
こちらの歴史を俯瞰した記事によれば、その始まりは大正時代に遡ります。抜粋して訳してみましょう。
「日本の大衆音楽は、演歌とポップスに分かれる前は流行歌と呼ばれ、明治時代をその源流に持つが、日本の研究者はその始まりを、ジャンルとして国中に広く認知された大正時代であると考えている。大正時代に至り、明治時代に輸入された西洋音楽の技法や楽器が広く使われ始めた。ジャズやブルースなどの西洋音楽のジャンルに影響され、流行歌の演奏にはバイオリンやハーモニカ、ギターなどが編成された。だがしかし、そのメロディーはしばしば日本の伝統的な五音音階で書かれていた」
教科書の音楽史では滝廉太郎や山田耕筰の名前を挙げて、日本における西洋音楽の受容は完成を見た的な記述をするのですが、大衆音楽はその後も西洋の最新ジャンルの受容を続けていきます。
例えば歌謡曲。今でこそ昭和を代表する古い音楽ですが、その端緒はオペラやドイツリートの歌手による、クラシックに強い影響を受けた当時としては最新の「歌曲」でした。歌謡曲がメロディーライン偏重になるのはこうした由来のためでもあります。
一方で西洋音楽のリズムの受容は大正時代に輸入されたジャズがあったものの、太平洋戦争による中断を余儀なくされます。戦後は進駐軍に聞かせたジャズ、ブギウギやマンボ。プレスリーの出現から始まるロカビリーブーム。ビートルズ影響を受けたグループサウンズ、と次々新しい潮流が生まれ、8ビートが受容されていきます。
その後も70年代のフォークソング、ニューミュージック、80年代前半テクノサウンド、80年代後半のバンドブームを経て、90年代のいわゆるJPOPに至ります。JPOPは流通側からの、従来の大衆音楽の主流であった歌謡曲との便宜的な分類ですが、リズムを受容した日本の大衆音楽ともいえ、今現在もHIOHOPやクラブサウンドの成果を食みつつその内実は変化しています。

↓つづく
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2015年01月12日

アニメシンデレラガールズもう一つの楽しみ方

錦織氏が監督したアニメアイドルマスターも構図や演出が非常に凝っていて、画を読み解くのが楽しい作品でした。そして高雄氏が初監督を勤めるアニメシンデレラガールズも非常に面白い事をしている様子です。ここで様子ですというのは、一見して丁寧だという事がわかるこの第1話があまりに計算され尽くされているのでデコードしきれない為です。そうです全編において画に意図がある「はず」です。
切り口は多いと思いますがとりあえず、プロデューサーとアイドルの立ち位置から読み取ることにしてみましょう。尚、今回の記事はツイッター上でのガラクタ氏とのやりとりを元にしています。


まずは凜とPの出会いです。交番で事情徴収を受けた後のやりとり
inyou1.jpginyou2.jpg
Pが右から、左にいる凜に名刺を渡そうとしますが拒否されて凜は右に去って行きます。ここで注意したいのは右左の立ち位置に、単純にトミノ式を当てはめる事は出来ないと言うことです。これは卯月とPが対話するこのカットが分かりやすいと思います。
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トミノ式では画面右の上手にその場面での強者、画面左の下手に弱者という役割でもって立ち位置を割り当てます。ですがこの場面は確かに卯月が主導権をもってPに質問していきますが、劇中での力関係を描く場面ではありません。すこし視点を変えて二人のいる部屋の間取りを見てみましょう。
inyou4.jpg
Pは下座である入り口側のソファーにいる事が分かります。一般的な社会常識に照らせば、上座に座るのは来客であるPの筈です。卯月が知らなかった事も考えられますが、むしろ席を勧められたPが自ら下座に座った事が想像出来、彼の人となりが窺えます。
そのような人物を「弱者側」の画面左に置くというのは、Pというキャラクタの性格を示しているのではと解釈が出来ます。つまり高雄式があるとするなら、それは劇ではなくキャラクタに寄り添うレイアウトではないかと思うのです。

この後もP-アイドルという立ち位置は続きます。
inyou5.jpg
inyou6.jpg
遠慮がちに凜の左側に立つPですが、トミノ式では人は自分の左側に誰かが立たれると脅かされるように感じるとあります。事実Pは凜の左側に立ちスカウトに失敗し続けます。凜が画面右側に立ち去るのも交番後のカットのリフレインです。
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わざわざ観葉植物のある狭い方の席に座るP。左側です。
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卯月が見ていたであろうシンデレラプロジェクトのカタログをちらちと見て、待たせてしまっている彼女の心中を慮り深々と卯月に詫びるP。表情にこそ出ませんが、彼には想像力があり、人を思いやれる性格である事が分かります。左側です。

ニコ生で凜の演者である福原氏が「凜に傷つけられて、卯月に癒やされる」という称した、同ポジ反復のシークエンスは事態が進んでいない事をレイアウトで示す同時に、尺を費やすことで視聴者にも経っていく時間を体感させる演出です。そして物語は、卯月と凜が会うことでようやく進みます。
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凜が左、卯月が右です。
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自分の夢を語る卯月。
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それに聞き入る凜。

そして
↓つづく
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2014年12月30日

シンデレラガールズとミリオンライブにおける音楽性の違いについて

従来アイドルマスターというコンテンツにおいてはその楽曲は主にバンダイナムコ社内の内製に頼っていたが、2013年サービスを開始したミリオンライブにおいては楽曲制作をランティスに委託する形を取っている。
そのミリオンライブにおける最初のアルバムシリーズLive The@ter Perfomanceですでに従来のいわゆる「アイマス曲」には無かったサウンドが話題となったが、第2シリーズLive The@ter Harmonyではその傾向がますます強くなっている。
一方バンダイナムコ内製のシンデレラガールズ曲においても「杏のうた」に代表されるように従来の「アイマス曲」どころかアニメキャラソンという枠組みで見ても先鋭的な楽曲が提供され続けている。
従来のアイマス曲からの逸脱という点ではシンデレラガールズとミリオンライブも同じだが、一聴すれば分かるとおりその方向性はあまりに違う。その違いをバンダイナムコサウンドチーム(以下バンナム)とランティスの歴史から探るのが本稿の趣旨である。

1.アイドルマスター楽曲の特徴
バンナム、ランティスの歴史を辿る前に、そもそもアイドルマスター楽曲とはいかなるものなのか……と書いて、こちらについては既にこちらこちらの記事に詳しいと思ったので割愛。この二つの記事から言えるのは、膨大な数に及ぶアイドルマスター曲は音楽的には制約が多いという事だ。リズムゲームという制約があれば変拍子どころか4拍子でも複雑すぎるリズムは冒険となる。複数人が歌うという条件がつけば、使用できるキーが限られるだろう。もちろん音楽性の高さというものは複雑なリズムやキーの広さとイコールでは全く無いが、長くコンテンツが続けばこのような事も起きてしまう。

「メリー」と「Orange Sapphire」の類似性についてはコンポーザーが同じである事以上に、上記の複数人による制約からそうならざるを得なかったと推察できる。
二つの制約から自由に作ったアルバムシリーズも過去にはあったがその流れは765AS曲では途絶え、シンデレラガールズ楽曲に受け継がれることとなる。

↓つづく
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2014年11月27日

5万再生ありがとうございました

#生存報告です。


おかげさまで自作の再生数が50kとなりました。
初動20k程だったと記憶していますが、その後も何かの折に再生されたようで、愛された作品を作れたんだなと感慨深くしております。公開当時「ベベルw」とか「ライオン2w」とか揶揄されたのも良い思い出です。
ええ、良い思い出ですとも。

アイドルマスターというコンテンツも公式が次々燃料を投下するようになり、ニコ動もプロ化を促進するという話も出てきております。最早ニコマスで「プロデューサー」として活動する意義は失われているように思えるのですが、逆に動画制作者としては純粋に楽しめるようになったなと。

そんなわけで新作もぼちぼち作っています。

今年中のつもりでしたが必要なダンスがDLCに来ないので来年以降にずれ込むかな……
posted by tlo at 01:19 | TrackBack(0) | 制作中

2014年09月12日

MADPVに使えるダンスが多すぎて使えきれない

アイマスのCDを全部揃えると80万円になるという記事を以前見ました。
もちろんその中にはデレマス、ミリマスも含まれているし765の中でもアニマスCDもあるから、ニコマスPとしては作る曲が増えたぐらいで全部追いかけてる訳でも無いから気にはならなかったと思います。少なくとも自分はそうでした。
が、OFAによって状況が変わりつつあります。

とりあえず現状を把握するためにダンスを数えました。条件は以下の通り。
@765アイドルの曲
Aデュオ以上のユニットで使える曲
Bリアルタイムレンダリング
そして結果は以下の通り
imas bpm-1.png
*画像大きいですので注意
Live for You:32曲
2(PS3):39曲
One For All:32曲(9/12現在)
OFAは既にL4Uと同数のダンスが使えます。Aの条件を外すと新曲のソロが追加されて45曲、さらに@の条件を外せばデレミリ876曲が追加で49曲。Bの条件を外せば曲数こそ増えませんがオールスターライブのムービーが追加され実質50を超える素材が既に存在し、しかも今後も増え続けます。

もちろんブルーバックも無い、口パクも自由にできない、ソロとデュオトリオのロングのカメラが違う、Autoミドルとスーパーロングのカメラ固定バグがあまり実用的じゃ無い等々、2以降で失われたものは余りに多いです。それを素材量で補えるとも思えませんが、考え方を変えなければならないかもしれません。

後はおまけですが、上の図を作るのにエクセルを使ったのでついでにBPMを計算する欄も追加した簡単なシートを作りました。エクセル無くともgoogleにアカウントがあればドライブで開けると思います。よろしかったら。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1bCKYlWXuHdUlY_G2mNbk_-xtcnLq0sXXQUTIPjRPVH8/edit?usp=sharing
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2014年08月30日

シンクロ概論 エディテッドPVを解析する

前回までONLY MY NOTE(以下OMN)のノーマルPVがMADに見えてしまうという原因を探りましたが、楽曲、モーション、カメラ、カットといった要因が重なって生じた現象だと分かりました。ならばそこを編集したらどうなるか、ということでノーマルPVと3つのエディテッドPVを比較してみます。比較するエディテッドPVは以下の通りです。





それぞれ見て頂いくと分かりますが「まよったりへんこんだりあるよねー」はノーマルPVと違いMAD感が無い事が分かります。当該箇所のカットを比較した画像をみてみましょう。左から、ノーマルPV(Autoカメラ)、おっぺけP、れのP、はりけんPとなります。
OMN_analisys1.jpg
要クリック(大きいので注意)

れのPは手動切り替え、はりけんPはクインテットですが「アイドルを3人映す」「ある/よねと音節カットしている」という所はノーマルPVと共通です。ではどこに差がでているのか、各人のPVを分析してみます。

おっぺけP
まずOMNの当該箇所のダンスですが、センターは歌メロダンスというか歌詞マイムなのに対し、両サイドは最初からリズムダンスを続けます。まよっ”たり”/へこん”だり”も、ノーマルPVは強拍で脚を上げるサイドのカワイイ振りを見せてくれますが、おっぺけPはセンターを重点にカメラを回します。センター重点なのは動画の構成の為で、起承転結で言えば、さびスタートが起、Aメロが承、Bメロが転、さびで結となっているからです。(余談ですが承であるAメロはミドルカメラを主に使っていてアップは1カットしかありません、その事が、転のBメロ冒頭のセンターへのクローズアップを効果的にしています)
ただそれでもセンターを写しっぱなしにするのでなく、リズムへの目配せを忘れないのがおっぺけPです。まよっ/たりでミドル/ロングへ、へこん/だりではカメラをズームアウトさせて動画側でもリズムを作っています。そしてあるよねーは、ズームアウトしたセンター響のミドルカメラからサイド春香のミドルカメラへそして別サイドの律子アップカメラへと切り替わります。被写体として見るとセンターの歌メロダンスはへこんだりで終わり、あるよねーからはサイドのリズムダンスへ移行、そのまま別サイドのリズムダンスを写す形です。ある/よねーと言葉の音節でカットするのはノーマルPVと同じですが、ノーマルPVほど変化は大きくないのが分かります。
ついでに言えば響から春香への切り替わりもパンの直後となっています。まず動きに目が行く人の心理を利用して、切り替わっているという事に意識を向けづらくする仕掛けは静止画MADで多用される技術です。

このようにただのカットにも二重三重の仕掛けを施し、そうと気づかれないように楽曲の山場へと巧妙にカットを積み重ねていくのがおっぺけPの作風。そしてその集大成がこの傑作という訳です。


↓つづく
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2014年08月21日

シンクロ概論〜ノーマルPVを解析する 後半

(これまでのあらすじ)
ソウカイ・ニンジャズの手練れ、ミニットマンとイクエイション。ニンジャスレイヤーを待ち伏せた二人のうち、イクエイションは真っ二つにされて絶命した。しかしミニットマンはパートナーの死と引き換えに、ニンジャスレイヤーの正体に迫るチャンスを掴んだのだ。


問題3 カメラ画角
迷ったりへこんだり/あるよねーのAutoカメラの画角は以下の通りです。

迷ったり
Untitled 01 (0-00-47-57).png

へこんだり
Untitled 01 (0-00-49-04).png

ある
Untitled 01 (0-00-50-34).png

よねー
Untitled 01 (0-00-51-34).png

アップ>ミドル>ミドル>ロングという構成。カットには20%ルールというものがあります。これ以上変えないとカットとしての意味が無いので最低20%は変えたショットを繋ぐという事ですが、逆を言えば大幅に画角が変われば前後が繋がらなくなる、視聴者が混乱するという事になります。今回の箇所はミドル>ミドルでステージ向かって右側からステージ左側に立つやよいが映り込むカットが二つ続いた後に、一気にステージ左側からのロングショットをカットに使った為に、混乱しやすくなっていたという事になると思います。

問題4 カット位置
ONLY MY NOTE(以下OMN)のAutoでは、歌メロカットをしています。歌メロは一番聞き取りやすい音であると同時に言葉としてのまとまりも意識しやすい為に、カットとしては非常に使いやすいものです。ジャンルは違いますが演説や講演は言葉単位のカットが普通で一文単位の長いカットも珍しくはありません。が、音節つまり言葉の途中でカットするという事は希です。

今回はカメラ画角で説明した通り、ある/よねーでカットされてしまっています。楽曲のビート単位のカットがメインであれば気にはならなかったかもしれませんが、直前も迷ったり/へこんだりと歌メロカットしており、言葉が途切れている事がカットを悪目立ちさせてしまっている形です。

総括
そもそも何故カットするのかと言うと、そうしなければ飽きてしまうという単純な理由です。カットの後、脳は再び視覚情報を処理し直し、前のカットとのつながりを意味づけようとします。その意味づけを意図したものにする、ニコマスダンスシンクロ動画では曲に合わせて歌って踊っているように「見せる」のが、編集者の腕の見せ所となります。
今回のOMNは曲に合わせて歌って踊っているのに「そう見えない」という事になっています。
結論としては
「楽曲的に1小節目強拍から始まる区切りで、言葉としてまとまりとして意識されやすい『あるよねー』をカットで分割してしまった。しかもカットの前後でミドル/ロングと大幅に画角が変わり、さらに被写体のダンスも静止状態から動き出す所だった為に、まるで別の画を繋げたようになってしまっている」
という事になるでしょうか。

以上詳しく説明してきたのは、OFAのAutoカメラがポンコツだとdisる為では無く、ダンスシンクロ動画の正体に迫れるのではという目論見のためです。次回はこの問題を回避したエディテッドPVを分析してみたいと思います。ドーモ、オッペケ=サン。
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2014年08月17日

シンクロ概論〜ノーマルPVを解析する

しばらく絵が動かないゲームをしていたので、OFAをしているとなんでもないモーションも面白くて、朝アイサツもスキップせずに眺めてしまう自分がいます。ましてステージおや。が、無印の時には感じることの無かった現象に頻繁に遭うようになって、この記事を書いた次第。
その現象というのはOnly My NoteのトリオをAutoカメラで見ているとMADに見えてしまうというもの。特に”迷ったりへこんだり/あるよね”の所です。

おそらくカットの問題だなと思ったのですが、いろいろと自分で確かめたり、他の方の話を聞いたりして、複合的な問題だという事が分かりました。

原因1 楽曲
Only MY Noteという曲は小節に対して歌メロが先んじる、つまり前節の弱拍から始まる箇所が多いです。
    ▼       ○   ▼
あたら/しいせかいへー しんじ/て−とびだとー
▼が小節の1拍目=強拍ですが、歌詞は前節の4拍目=弱拍から始まります。これを音楽用語でアウフタクトというのですが、弱拍から始まる歌詞が導入となり、強拍以降の歌詞が伝わりやすくなるという効果があるのだそうです。
またアウフタクトは繰り返しにも使われるということです。例えばAKBのヘビーローテーションは「i want/YOU i need/YOU i love/YOU」とYOUに強拍を持ってくることで歌詞だけでなく、楽曲の側からも繰り返しを強調するという効果を狙っているとか。今回の特に気になる箇所はまさにこのケースで
    ▼     ▽   ▼
まよっ/たり−へこんだり−/あるよねー
▼が1拍目、▽は3拍目で強拍です。それぞれ「たりー」「だりー」のリフレインを強調して「あるよねー」は強拍で開始となります。そして一つ前の歌詞「ずっと夢見てきた道も」も1拍目に対して恐らく半拍ぐらい遅れ気味に始まるので、「あるよね−」が拍に対しても歌詞に対しても一区切りをつけてしまっているということになります。
つまり楽曲的にこの箇所は区切りになってるという事です。

原因2ダンスモーション
一時期マイムめいた歌詞に対する具象的なモーションの多かったダンスですが、Only my noteはそれらしいものはほとんどありません。基本上半身は歌メロ、下半身はリズムにあわせてあります。ニコマス的にはありがたい話です。今回の迷ったりへこんだり/あるよねの所ですが、迷ったりへこんだりが上半身中心の歌メロダンス、あるよねは下半身中心のリズムダンスになってます。静止状態から動き出す形になりますが、これが先ほど説明したように楽曲の区切りとなる箇所に重なります。ダンスはむしろその後の、あるよねー/きっと見つけられるはずさの区切りをつなげるような形になっています。
ただ、この二つだけだったらほとんど気にはなりません。実際ソロで見てみましょう。


では、他に何が原因があるのか。察しの言い方ならおわかりになると思いますが、後半に続きます。
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2014年08月14日

アイドルマスターOFAを絶賛する

発売から2ヶ月以上経ち、OFAの話題は毎月のDLCに移っています。OFAがよく出来ているということはもう周知の事実なので、敢えて記事を書く事は無いのですが、今更でもこうして記事を書くのは2を壮絶にdisったのであれば、OFAはhomeなければならないだろ言う義務感です。
そう、OFAはhomeざるを得ません。
本当に言うまでも無い事なんですが。

OFAの何が良いのかhomeる前に、まず無印がどのような構造のゲームだったのか改めて説明します。
A'.png
プレーヤーは与えられた「1年」というリソースを効果的に配分し「アイドルイメージ」「思い出」という資産に変換。「オーデション」という運用を通して「ファン数」という利益を上げる。以上が無印の構造で、その本質はリソースマネジメントシミュレーションです。詳しくはこちらの記事を参照下さい。
ではOFAはどうなのか、無印のように図を作ってみました。
ofa structure.jpg
見ての通り、無印とは全く別です。時間というリソースは無く、最終的な目標もありません。あるのは「お仕事」という運用と、運用から得られる「ファン数、マニー、経験値思い出」という利益、そして利益は再び運用に回され、さらに利益を産む……という『循環』です。
OFAにもゲーム内時間という概念があり、アイドルをトップに導くというゴールがあるではないかと思われるかもしれません。
確かにOFAにもゲーム内時間はありそれは無限に与えられています。ですがリソースマネジメントゲームでリソースが無限大与えられているという事はバランスが崩壊しているという事に他なりません。そうでなければ、そもそもがリソースマネジメントにゲーム性を置いてない、つまりOFAは無印のようなリソースマネジメントゲームでは無いという事です。
そしてアイドルをトップに導くという目標ですが、無印は運用の結果としての利益の蓄積=ファン数の蓄積で自動的にランクアップして行きました。ですがOFAではファン数を蓄積していくだけでは何も意味がありません。ここからもOFAはリソースマネジメントゲームでは無いというのは明らかです。
ランクアップは利益運用であるお仕事、ランクアップフェスの結果としてもたらされます。つまりランクアップもまた循環に収められていて、さらに13人がトップアイドルに登った後も、この循環がシステム側から止まる事はありません。むしろこの循環こそがこのゲームの本質であり、トップアイドルへ導くという表向きの目標も、社長から四半期毎に下されるノルマも、半期に一度のオールスターライブも、プレーヤーが循環を回す為の動機付けに過ぎないように見えます。
また、レッスンを事実上廃してお仕事だけにした事で、得られる達成感はそのままにプレイのテンポを上げることに成功しています。延々とレッスンでレベルを上げて、オーデションの度に2分は待っていた無印では得られないスピード感はストレスフリー。携帯機のような気軽さもまた、循環を回すという目的に沿っているように思います。

以上、坂上Pが各所のインタビューで答えている事も鑑みて、OFAは
765プロ環境ゲーム
というのがその正体ではと思うのです。

先日発売された「アイマスFebri」という冊子にはその坂上Pと共に石原Dのインタビューが載っており、アケマスは「アーケードという特徴をできる限り使ったゲームとして開発した」と言っています。ならばアケマスの移植版である無印は、アーケードゲームにしては異色の膨大なコミュ=テキストデータがコンシューマゲームとして再評価されてしまった面はあったものの、本来アーケードに最適化されたシステムでありコンシューマ向きでは無かったという事になります。OFAは原点回帰を謳い、765プロの温かみの表現、アイドルとの二人三脚感を目指したと坂上Pは上記冊子のインタビューに答えています。そのテーマから導かれたシステムの大幅な再構築は、OFAを「初めてのアイマスコンシューマゲーム」にしたと言えると思います。まさにNEVER END IDOL。M@STERPIECE。

DLCではこの循環を駆動させ続ける追加イベントも配信されています。配信がどれぐらい続くか分かりませんが、海軍は退役したし、ちひろさんに休職願いも出してきてるので、まだしばらく私は765プロ社員を楽しめそうです。
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